慶次が利家とまつの屋敷にまた住まうことになってから1週間程経ったある日。りくはいつものように朝早く慶次を起こしに向かう。今朝はとても寒く、せっかく温まった体は外の空気に触れてすっかり冷え切ってしまっていた。
朝の苦手な慶次をりくがお越しに行くことは前田家での日課となっていた。
襖を静かに開ると、慶次はいつものように大の字になりまだ寝息を立てて眠っていた。
その寝顔はどこかあどけないものがまだ残っていて、可愛いとさえ思ってしまう。
りくはそんな慶次の頬を人差し指でつんつんと突きながらクスクスと笑った。
「慶次?朝ですよー」
「・・ん・・・」
聞こえているのかいないのか、曖昧な返事をする慶次にりくはまたクスリと笑って言う。
「あ!まつさまだ!!」
すると慶次は、布団を蹴って飛び起きた。りくが腹を抱えて笑っていると、慶次は少し照れたように微笑んだ。
「なんだよりくか。・・・おはよう。」
「おはよう、良く眠れた?ご飯用意してあるよ」
「あ〜。飯のこと思ったら急に腹へってきた!」
そんなことを話していると、くしゅんっ とりくがくしゃみを一つして鼻をすすった。それでも相変わらずにこにこしているりくの少し赤らんだ頬に慶次は手をやった。
「すごい冷えてるじゃんか。ちゃんとあったかくしとかないと駄目だぞ、りく」
「だって。あんまり着込むの好きじゃないの。きゅうくつだし」
「お前なぁ・・風邪でもひいたらどうするんだよ?そしたら今日は連れて行ってやらないぞ?」
「それは絶対嫌!!外に出る時はちゃんと着ていくからっ」
必死に言うりくに慶次は嘘だよと頭を撫でる。
りくと慶次は毎日のように城下に降りてはいろんな所へ行っていた。
りくにとっては何よりも、慶次と一緒にいる時間が嬉しかった。
「なによ!慶次のいじわるー」
「いや、りくがあんまり可愛いからつい苛めたくなった」
「なにそれー!」
ぺしぺしとりくは慶次の背中を叩く。へらへら笑う慶次をいつもなんだかんだで許してやってしまうのだった。
――――
朝食を残さずきちんと食べ終えて、いつもよりやけにご機嫌な慶次に向かってりくは話かけた。
「慶次、今日はやけにご機嫌だけど・・・何かあった?それともこれから何かあるの?」
「お!りくは鋭いな!!今日はさ、祭があるんだよ」
「お祭・・?」
「そうそう。だから今日はそれに連れて行こうと思って」
お祭・・・という言葉は知っている。けれど、それがどんなものだろうかということは覚えていない。
かつての自分もそのような所に行ったのだろうか・・頭の隅ではそんなことも考えながら祭というものへの期待が頭を膨らませていた。
「うんうん!行きたい!!」
嬉しそうに笑うりくを、慶次は肩へ抱えてにこりと微笑む。
「よし。それじゃぁ着替えだな」
「は?・・ちょっと待って。着替えるとか聞いてない!!わたしはこのままで良いよ!」
「俺が嫌なの」
足をばたばたさせて反論するも、慶次にそんな力が通用するわけも無く侍女のいる部屋へ連れて行かれる。
いつもりくの世話をしてくれるとしという名の侍女はふくれっ面のりくをみて苦笑しながらも綺麗な着物を着付けてくれた。
髪を結い上げることも嫌うりくのために、利家とまつはたくさんの髪飾りを用意してくれていた。
一番のお気に入りの薄桃色の牡丹のような髪飾りをして薄化粧をすれば先ほどまでのあどけなさが嘘のように美しい少女ができあがった。としも満足気にりくを見てから優しく微笑むといってらっしゃいませと言って襖をゆっくり開けてくれた。
自らの金の髪を隠したがるりくは頭から被るための薄い衣を持って部屋から出てきた。
待ちほうけていた慶次はりくの姿を見ると、目を丸くしていた。
ふくれっ面はそのままだが伏せられた長い睫にも薄化粧をされた桃色の唇にも長く垂れる美しい金の髪にもすべてに魅せられていた。
りくは恥ずかしそうに頬を膨らませ慶次を少し睨みつけた。
「・・どうせ似合わないもん」
口を尖らせてぷいとそっぽを向く。慶次はりくに近づいて同じく少し顔を赤らめて微笑んだ。
「綺麗になったな。りく」
「・・嬉しくない・・・こんなの早く脱ぎたい」
「ふーん?じゃぁ祭には行かないのかい?」
悪戯っ子のように目を細める慶次をりくはまた睨み付けて言い放った。
「慶次のいじわる!鬼!!」
本日二回目の決まり文句を言うとまたそっぽを向く。
慶次は困ったように笑って手を差し伸べ言った。
「それじゃ、行こうか?お姫様。」
―――――
「わぁすごい!これがお祭なんだ」
見渡すかぎり人ばかり。その表情と言ったら皆嬉しそうに微笑んでいた。
子供は楽しげにはしゃぎ周る。りくもその一人だ。
今まで慶次に手を引かれてやってきたがいつのまにか手を引くのはりくの役目になっていた。
「あれは何?」
「りんご飴だよ。食えるの」
「へぇ〜。甘い?それとも苦い?」
「食べてみるかい?」
するとりくは案の定満悦の笑みで大きくうなずいた。慶次が買ってきてくれたのは大きなりんご飴。
赤くてつるりとした表面がぴかぴか光っていた。
しばらく満足気に観察してからがそれをすこし舐めてみる。甘くて良い匂いが口の中に広がった。
「おいしい!中に入っているのも食べられる?」
「ああ、もちろん。中にはりんごが入ってる。」
――結局2人で1つを食べることになったりんご飴はあっというまに無くなった。
そしてまた手を繋いで人ごみの中を歩く。きょろきょろとすべてを物珍しげに見るりくはある一つの玩具に目を向けた。
カラカラと風を受けて回るさまざまな色の玩具。先ほどすれ違う童たちが持っていたものと同じもの。吸い込まれるようにその玩具を売る店へ近寄った。
「これ・・何??」
「ん?ああ、これはかざぐるま」
「たくさん色があるのね・・・」
「おーい。ばあちゃん、これ幾らだい?」
童が手に持ってはしゃぐのを見るたびに欲しいとは感じていたが、
先ほど飴を買わせてしまったばかりということを考えると、りくとて流石に気が引けていたのであった。
「・・慶次?」
「欲しいんだろ?買ってやるよ」
「でも・・さっきも買ってもらっちゃったし」
遠慮がちに言うりくをよそに慶次はたくさん並んだかざぐるまの中から橙色の和紙で作られたものを取り、金を払ってからりくに渡す。嬉しい反面、申し訳ないような顔をして受け取るりくに慶次は笑って付け足した。
「男の贈り物を黙って受け取るのもいい女ってやつだぞ。」
ぐりぐりと頭を撫でられて微笑みかけられればもうすっかり慶次のペース。
その大きい手に、大好きな笑顔にいつも私は救われる。
同じように微笑み返してこう告げる。
「ありがとう。」
長くなりそうなので壱・弐に分けました。
弐もお楽しみに〜